3月25日(遠征11日目・レース第6日目)
ぎ装を終了させて風が吹くのを待つが9時30分AP旗が掲揚され、最終日であり皆リラックスしてUNOを始める。IJの青山氏や総会出席の前田氏もフリーの時間となり、日本チームのテントで暫し歓談をされた。
監督と野尻さんはなかなか出来ない帰りの飛行機の再確認のため、カタール航空事務所に向った。
最終日は3時以降のスタートはないとSIでなっているので、これで終わりかな?と思ったと同時に12時AP旗が降りた。AP降下45分で何らかの旗が揚がるとSIでなっている。
コーチボートは私とドライバーの2人だけ乗って出艇した。
急いでまずOP3艇を(1艇は運営側が)曳航してOPの海面に向う。到着して直ぐOPを切り離し、急ぎ陸に戻る。420級2艇を曳航し約40分420級の海面に着く。2m弱の風ではレースはやらないのではないか?このままコーチボートが無い場合、もし3時にAP/Aが掲揚された場合、帆走ではとても帰着に時間が掛かると思い、420級海面に留まる。(OPとミストラルのサポートはしないと判断した)
風速は2mを超えない。約1時間待って海面右からブローが見えて来た。
3mを超えた。
2時25分ホビーキャット16、30分470級、そして2時35分420級がスタートした。
日本女子は右有利と本部船上1を狙ったが穴が開かず2番と3番の間に入った。
3番の近くで入ったためスタート時にスピードが付かず右にタックする。
省略
男子は2マークから3マークの中間で中盤のフリートの先頭にいたがジュリーボートに笛を吹かれ、スピンを降ろして720度。一機に遅れてしまう。フィニッシュでは上位5艇が全部女子で日本は5位だった。
終了し、急いで曳航して陸に戻る。
OP4艇は順調にチャーターボートを返却できた。子供達が心配した傷も如何にか水で濡らして隠し、デポジット(1艇100ドル)は全額返金された。
420級は返却が遅れる。それは一番遠い海面で帰着が遅かったこともあるがそれは曳航でカバー出来た。でも並んでいるライン(列)を無視して横入りする艇が多くありマレーシアレーザー(長堀君元気?と話しかけて来た元OP選手)などは割り込んだHNGに大分抗議をしていた。
420級女子は沈をした際付いた艇体の傷が4箇所大きく20ドルダメージ金を取られたが正直言ってそれで済んでラッキーだったと思う。
6時過ぎに終了して、バスでホテルへ。着替えて待ってくれたバスで閉会式会場のマリオットホテルへ。
7時を過ぎていたが、先に到着していた野尻ご夫妻の機転でテーブルが確保して頂いていたのでスムーズに座れた。
2時間程の式典は終了。
バスでホテルに帰り、子供達は部屋で遊ぶと解散してフリータイムとする。大会は終了しました。

多くの地元の方々のサポートと日本の皆様からの暖かい激励で楽しい遠征が出来ました。
選手全員が監督やコーチの指示する事を完璧に守り、集合時間や規律等最低限、海外でしなければいけない事を守ってくれました。

詳細は帰国してからとしたいと思います。
これで連絡は終了させて頂きます。
3月24日(遠征10日目・レース第5日目)
今日はバスの運転手が日本チームのテントの直ぐ裏まで行ってバスを止めてくれた。
地元の方も味方につけたぞ。
監督がハーバー到着後すぐやる仕事として各国宛てのメールボックスのチェックがある。子供達には公式掲示板を見に行かせる。これも日課になったが艇体の水洗いをする。
日本ではほとんどのクラブの子供はレース前水洗いをしない。私は必要と思いいつもやらせている。
風向は昨日と同様300度で6m程吹いている。メールボックスの天気予報では6時から12時までNWで12〜20ノット、12時から18時までNWで20ノットと書いてある。
今日は風は安定して右へ回らないのかなと思いつつ、スタートの1時間30分前に全艇出艇させた。
ア・ビームで海面に行ける。30分程で海面に着いたのでバング調整は個々に、アウトホールの調整、スプリットの調整をコーチボートに付けてさせて行う。
女子2人は少し走って走りにくいのか沖合いで、レーキを2810mmから2750mmに直していたのでコーチボートに付けて理由を聞き、その理由ならと、元の2810mmに戻させた。
11時5分女子スタート。華世ちゃんは本部船から上1を取りジャストスタート、優ちゃんは昨日のOCSで少し怖がって出遅れ。
11時15分男子スタート。吉永君は2分前まで本部船の右にいて右海面を見ていたが、スタート2分前を切った頃スタートラインを走り始めスタートの時は、アウター船の横から下1でジャストスタート。
スピードに乗って左海面へ突っ込んで行った。
ここで
ミストラルの海面へ行く。ミストラル海面に着いたがスタートしたばかりと上下を3周するロングコースの為
約1時間海面でミストラルの帆走を楽しむ。給水を終え、OPの海面に戻った時には既に女子の第10レース準備信号が揚がる所だった。
アドバイスは出来ずに始まったが、何か堂々とした風格が出て来たように見える。
9レースと同じで、でも4人共ジャストスタートであった。結果は定位置。

12月に行われるアジア競技大会は今回出場した外国選手と昨日から江の島で行われる選考会で勝った
日本男女1名が戦うことになると思う。日本チームが勝てるような気がするし勝って貰わなければ困る。

OPを曳航して帰港。暫く420級、ミストラル級が帰港するのを待つ。
420男女が帰って来たが女子スキッパーが泣いている。藤井君が理由を聞いている。
どうやらポート、スターボのケースでスターボの日本が香港男子を避け切れず沈をしていまったとの事で
スピンポールも流して紛失したらしい。
スキッパーから事情を聞き抗議を出す事にした。
締切時間まで20分での慌しい抗議書作成が始まった。
10 munites after start signal.
HKG close-hauled on port tack.
JPN close-hauled on starboard tack.
から文は始まり英文の抗議書を書き締切ぎりぎりで書き終える。
抗議は青山IJが担当でないので通訳して頂き、JPNは勝ちHKGはDSQ(失格)となった。

バスでホテルに帰り、夕食は個々に食べることにした。
9時ごろ就寝。
3月23日(遠征9日目・レース第4日目)
8時ハーバーに到着。風向がカタールに来てから初めての陸風で5m程吹いている。
多分江の島と同じで少し時間が経ったら海風に変わるだろうと待っていたが、なかなか変わらず、その内各国が出艇して行くので日本チームも出艇することにした。
5mの陸風はレース海面までランニングで行けるので曳航せず帆走でスタートラインまで行かせた。
前日までと180度違う風向に改めて1分間でミーティングの海面調査をし、右海面有利を全員が確認。
しかしレースが始まる頃から風力が落ち始め3m弱になったが第7レースは始まった。
第5レース目くらいから全員のセーリングが良くなり始め、スピードも出て来てワールド選手が多い中で見劣りしない走りになっている。
スタート後、ミストラルの藤井君に給水する為OPの海面を離れるが、途中OPの帆走を見ながらスピードがあるぞ!と思いながらミストラルの海面に向った。
藤井君は3m以下だと帆走が厳しいと佐藤監督が言うようにスピードがなく苦戦していた。
フィニッシュして水を補給させ、コーチボートは再度OP海面へ。
子供達は既にフィニッシュしていて、村田君が興奮して『僕上マーク1番、吉永君2番だったんだ、でも2艇に抜かされたけど3位を取ったよ』と説明する。
吉永君は本部船よりからスタート後直ぐタックして右海面に。一番右に出てタック。
村田君はラインの真ん中からスタートして直ぐタックして右海面へ。
その後は先程も言ったように海面を離れて分らないが自分達がコースを考えて自信を持って帆走した結果だと思う。

第8レースは7レースと同様300度の設定で始めようと用意している間に風力が落ちて1m弱になる。
AP旗は揚がらず、でもコーチボートを本部船の横でアンカーリングし、4艇を抱き合わせコーチボートの中で休憩させた。マレーシアも同様の行動を取り小声でAP,APと叫んだ。
数分経過した時、20度の方向から風が来るのを確認した。暫くしてから風速が増して来たその時AP旗が揚がった。全員OPに乗り込むように指示し20度の風に乗って風下に下るように指示した。
風は徐々に増す傾向にあり最終的に昨日までの85度の風になり6m程になる。
子供達は早く風が来た左海面を1分間海面調査を行いイーブンを確認した。
でも子供達を集めて今右海面は左に比べて風がないけど右海面から風が来ることが考えられるよとアドバイス。スタート時はほとんどイーブンだった。
吉永君が本部船よりからスタート、即タックして右海面に突っ込んで行った。誰よりも右に。
右からのブローが見え始め、吉永君が他の誰よりもスピードがあり右海面をスターボでリフトする中、
上マーク1位で回航、下マークも1位で回航となりコーチボートでは焼肉が食えると大騒ぎ。
何故かと言うと2〜3日前、OPの子が誰でも良いから1位でフィニッシュしたら佐藤監督が全員に焼肉をご馳走するとの約束をしたからだった。
今日の第7レースで村田君がそのチャンスを逃しているので吉永君に託したのだった。

でもはやりワールド選手たちが実力を発揮し、最後は3位でフィニッシュ。
焼肉は遠くに行ってしまったが走りに自信が見え始めた日となった。
女子軍も走りが良くなっている。明日は女子軍に期待をしようと思う。

420は風がシフトして延期になり第8レースを終了してハーバーに帰港したのは6時過ぎでまた真っ暗な中の帰着だった。
6時30分までバスは待っててくれた。
シュクラン(アラビア語でありがとう)!!!!
部屋に入って直ぐインターネットで選考会の結果を見ようと皆で私のPCの周りに集まる。
寛規の成績や別府の小5の選手の事をみんな楽しそうに話しながら見た。
3月22日(遠征8日目・レストデー)
今日はレストデー。迎えのバスを9時に頼み8時頃に起きて、朝食と取って・・・・と予定していたが昨晩のビールと疲れ?で気が付いたら8時45分。顔を洗って、軽く朝食を食べ、ロビーに下りていったら皆集合していた。藤井君と同室の吉永君は親子のように仲が良く別行動で市場等見学に行くと徒歩で出かけて行った。
9時30分、一旦ヨットクラブに行って420級の整備(水洗いを含む)とOPのセンターボードのペーパー掛けをした。30分程で終了し、バスで『首長の館』(日本では皇居)へ行き、その前で全員の写真を撮った。
その後町の中心地であるシティーセンターに行きショッピングセンター(カルフール)の前で止め午後1時に迎えに来てくれと頼んだらこのバスはスクールバスで子供の送迎に使っているバスの為1時は無理、3時にしてくれとアラビア語でなんとなく言っているのでOKした。
時間が余るかなと思ったが食事をしたりウィンドショッピングをするだけで時間が経ってしまう程大きな所だった。センターの中心にスケートリンクがありヨット(小5年生から始める)の前はアイスホッケー(小5まで)をやっていた野村と初体験の宮崎、村田と私がスケートをした。
山下は10代の頃スケートリンクに通っていたので野村に挑戦するつもりで靴を借りてリンクに下りた。
勿論私の方が巧いと信じていた。30年以上のブランクは皆さんも想像付くと思うが、ひどい醜態であった。
4回、転んで腕まで怪我までしてしまった。初体験の2人はさすが若いスポーツマンらしく初めてとは思えないくらい上手に滑っていた。
3時過ぎバスが来てホテルに帰る。6時1昨晩と同じ、ケンタッキーフライドチキンで夕食を食べる。
3月21日(遠征7日目・レース第3日目)
7時30分。ホテルからハーバーへ向う。
ハーバーに来ても風速は1m以下。9時30分にAP旗が揚がった。選手はそれぞれ時間をつぶす。
この頃は小学生の村田君でも1人でヨットクラブのレストランに行って飲み物やホットドッグ、ハンバーガーを英語で注文出来るようになり誰一人世話のやける者が居ない。
12時頃風速1mだったのが急に吹き始め10mオーバーの風になる。
OPの海面(A海面)だけAP旗が降ろされ我々はこの風で2km風上のレース海面へ行くのは帆走ではなく曳航と判断した。SINも同様曳航の模様。他の国は全艇帆走で出て行く。
4艇曳航して走るが悪い波の為コーチボートは波をかぶり濡れねずみである。
中国とマレーシアが途中から曳航に変更。SIN、日本、中国、マレーシアの順番で海面に着く。
海面に早く着き、他の海面がAPなので少し彼らに強風の乗り方を指導する時間が出来た。
まだまだSIN,CHN,MASの強豪には近づけないが少し理解したように見えた。

村田君は小6だがガッツがありクローズは昔の河合龍太郎君の乗り方に似て来た。
吉永君だが後ろに乗りティラーを動かしてスピードを落としていたが前に乗ることが出来る時、ティラーを動かさない時の帆走はびっくりするものがある。でも今はたまにしかやってくれない。
華世ちゃんはパワフルなセーリングをするが体力が最後まで持たない。
優ちゃんは今回風邪による発熱で元気がなく可哀想だが持ち前のガッツで乗り越えている。

OPがスタートした頃ミストラルが出艇し、スタートした模様なのでコーチボートはOP海面から離れ約3km離れたミストラルの海面に向う。
海面に着いた頃、フィニッシュするミストラルを待ち受け、水分補給の為にミネラルウォーターを渡した。
その後直ぐOP海面に戻ったが既にレースは終わっていたので順位やレース展開は分らない。

再度レース前にアドバイスをしてスタートラインに向わせる。
第6レースは寒くてがたがたする中ゆっくり観戦出来た。強豪3カ国(SIN,CHN,MAS)に少しでも近づきたい我々に明るい兆しが見えて来たことは30年の経験で分る。

運営だがフィニッシュラインの設定にミスをした。第3マークからリーチングで走り約500mの所にラインをいつも設定しているが600mだったら岸に上がってしまうような所で3マークから500mの距離を取って設定。水深は20〜30cmぐらいで岩が見える。案の定フィニッシュした艇は全艇、岩にぶつかってセンターボードを破損してしまった。ラダーを破損した選手もいた。
その前から分っている事を回避出来ない運営側に多少問題があると思う。
下マークから400mに設定していたら問題なかったわけだから・・・・。

午後6時のバスでホテルに帰り、直ぐ仕度をして7時にホテルを出て島に渡る船着場に向う。
乗る船はダグ船で10分でその島に着いた。
島の中心に野外レストランがありステージが設けてあり、10席テーブルが50ほどありすでに多くの国が飲んで楽しんでいた。我々は12人で10人テーブルに座れないので2テーブルを押さえてしまった。
司会の挨拶で会は始まったが直ぐに皆はバイキング式に並ぶ料理の方に殺到した。
暫くは食ったり、飲んだり。野外の気持ちよい風と温度、遠くに見えるドーハの街の灯り香港の夜景みたいで最高の時間を過ごせた。
抽選が始まったが2番目に吉永君の持っている番号が呼ばれ、恥かしがりやの彼だったが堂々と舞台に上がった。賞品はステレオとの事で目録を貰った。
続いてダンスタイムで各国が舞台に上がって踊らなければならない。最初はアラブ系の国々が踊る。
ステージに10人以上が上がって踊る国もあった。
『ジャパン』と言われ恥ずかしがり屋で、皆ステージに上がらないので仕方が無く山下コーチが強引に村田、吉永、監督を誘って舞台に上がり踊る。
20年前ディスコで踊った頃の古い踊り方や相撲の真似をしたり、阿波踊りの真似をしたりして多分外人は誰も判らないだろうけどジャパンと呼ばれて日本の選手だけ舞台に上がらないのは一生懸命大会を運営して頂く方々に失礼と思い、思いっきり踊って楽しんだ。
子供たちは馬鹿なコーチと思ったかも知れないけどそれが分る選手に帰国するまでに育てたいと思う。
何とダンスを踊ったと言うことでステレオを貰えることになった。
また帰りの船で隣のシンガポールの役員からナイスダンスと声を掛けられハッピーだった。
夜10時、バスでホテルに着き就寝。
3月20日(遠征6日目・レース第2日目)
今日はバスの来るのが3分遅れた。3分でも遅れるのは初めて。完璧なほどの輸送グループである。
昨日は9時に出艇したが、今日は少し遅らせて9時30分の出艇。
OPを出艇させ、その後420級を出艇させた頃から風が落ち始め、コーチボートの用意が出来てハーバーを出た頃には風速1mぐらいになってしまった。
手前の420級男子1艇とOP4艇を曳航して海面に向った。しかしOPの海面は420級の海面と方向が違うのとOPの海面を運営するレースオフィサーがプラクティスレースの時時間通りにスタートさせていたので
風速が足りなくてもスタートさせるのではないかと思い420を離してOP級4艇だけ曳航してA海面に向った。
スタート30分前にA海面の近くに来てセーリングでも間に合う位置でOP4艇の曳航をやめ(離し)420級2艇の曳航の為岸のほうに戻った。
420級2艇を見つけ情けないボートだがフルスピードで曳航して11時に一番遠い420級の海面に着いた時AP旗が揚がった。
無駄な曳航のようだが2艇から学生らしい『有難うございました』の言葉にすがすがしい気持になった。
420の海面はAPでも他の海面はスタートするかも知れないと急いで約3km岸よりのミストラルの海面へ急ぐ。
ミストラルの海面へ着いたら運営艇だけいたので全艇ハーバーへ戻ったと理解した。
その時の風速はマックスで1.5mくらい。ではOPの海面はどうかと思い飛ばして行くと案の定11時ジャストにスタートしたようだった。
我々が到着した時に後スタート組の男子がスタートした。
風速が1〜1.5mでもこのレースオフィサーは中止にしない。
トップ艇はサイドマークまで1時間10分かかり下マークでコース短縮だったがトップ艇がタイムリミットのギリギリ90分の少し前でフィニッシュしたのでその時間から30分かかって全艇フィニッシュした。
なんと1レース2時間の第3レースだった。
SIN,CHN,MASの6人が安定して1〜6位まで入りその次のグループに日本チーム男女とも位置する。
第4レースは
その後風速は3〜4mまで上がりレースが開始された。上マークまでの距離は今までの3分の2ぐらいで短い。40分程で終了し帰港のためハーバーへ向ったがすれ違いにミストラルやレーザーがハーバーから出てきた。直ぐにミストラルにくっついてミストラルの海面に向う。
その頃から風速は4〜5mにあがり最高の状態になった。
ミストラルとレーザーは2レースを行う。一番遠い420は海上待機後やはり2レースを行った。
420級の帰港が一番遅く18時を過ぎており真っ暗な中での帰港になった。
帰りのバスを18時で予約していたが420の帰港が遅れたので30分延ばして貰い18時30分ホテルへ。
19時30分、夕食を食べに1km離れた商店街に向う。
監督が今日はちょっと違う道を通ろうと提案し歩いているとケンタッキーフライドチキンがあるではないか。
全員チキン2ピース、ポテト、パンを10リアル(350円)払って満腹になった。
9時ホテルに戻り就寝。
3月19日(遠征5日目・レース第1日目)
連絡が遅くなりました。
子供も同じですが、疲労のなかなか取れない状態で睡眠を優先しました。
昨日(19日)はいつも通りにハーバーに出かけました。まだ何処の国も来ておらずぎ装を済ませて、スロープの一番前に艇を置き出艇準備を終了させ、出艇のタイミングを待ちました。
昨日のプラクティスレースでは8mの風で1時間前に出艇したのですが11時スタートに間に合わない子供もいましたので日本チームは2時間前に出ることに決めました。
日本が出艇してから約10分くらいしてから各国が出艇。
如何にか借りた各国とは比較にならない寂しいコーチボートでことことと海面に向いました。
A海面(OP)は運営艇が着くと同時くらいに子供たちは海面に着いたようです。
男性と女性に分かれてポートとスターボーに1分ずつ走らせミーティングさせ、どちらの海面が有利か何回か調査しました。2分のミーティング(2分間スターボートとポートに走らせ同時にタックさせて)も行いました。
CHNは4分のミーティングやマレーシアも我々と同じ調査をしていました。
日本は4回行って全て左海面を走った子供が勝ち(リード)しましたし、CHNやMASの調査を盗んで見ていましたがやはり全部左海面の子供がリードしました。
それを元に子供たちにアドバイスしましたがコースの決定は個々に任せました。
第1レースは11時女子からスタート。案の定JPN,CHN,MASは全員左海面に突っ込んで行きました。
5分遅れで男子がスタート。同様に3カ国は左海面です。
スタートして直ぐJPN-3119(村田君ー小6)が笛を吹かれて2回転ペナルティをしています。

スタート後他海面の選手に水等を配る為A海面を離れたのでその後のレース展開は省略(わからない)です。

結果は
上位にはCHNとMASが来ています。申し訳ないのですが今、朝5時ですのでハーバーに行ってから成績表が配られると思いますのでそれまで待って下さい。

8mの中で2レースを行いました。
日本国内ならまだまだ体力が残って居る所でしょうが全力を使ったようで皆直ぐ睡眠を取っています。
ホテルに帰って倒れるようにベットへ・・・・が正直な所です。
少し高校生は体力があるなぁとは思いますが・・・

後1時間で皆が起きて来ます。
昨日と同様に気持を高めてCHN,MAS,KOR等全面的に国がサポートするチームに挑戦します。
各国のトップが来ていますので難しいと思いますが楽しい中にも負けたくないと言う気持が出て来ていますのでそれに期待します。
準備がありますのでこの辺で
では
3月18日(遠征4日目)

朝7時半いつものように迎えのバスは正確に来てくれていますので助かります。
下車の際日本のTシャツをお礼にあげました。8時にスロープに行ってコーチボートを用意してくれるように
再度(正確に回数は覚えていませんが数十回だと思います)頼みに行きました。
8時半には頼もしい野尻さんも来てくれ流暢な英語でお願いするのですが運営が海面に出るまで待ってくれと逃げられなかなか話しが進展しません。
一方
420級女子の再計測を受けなければなりません。セールナンバー1を貼り、女子の識別の赤いダイヤ(菱形)をつけ再計測はOKになりました。
子供たちを出艇させ、再度コーチボートの依頼をし、スロープ近くに予備艇として待機していた船を今日1日の約束で借りる事が出来ました。
風速は8〜9m。
やはり波が悪くコーチボートに借りた和船タイプのボートではピッチングが大きく非常に疲れます。
1番近くのA海面でも浜から2kmくらいあります。

練習レースは定刻の11時4海面ともスタートしました。
運営の為のレースと認識し、設定するマークの位置やスタートの手順、フィニッシュ船の位置等確認する為
日本チームはセーリングさせました。

帰着後暫く休憩して懇談。その後ミーティングをして今日のセーリングの反省、復習をしました。

4時15分からの開会式は30分ほど遅れるようです。
待ってる間に日本大使が我々の所にお出でになり励ましのお言葉を頂きました。

ロート製薬さまから頂いたユニフォームと下にはスタンドックスさまから頂いたTシャツを着て整列、開会式は18ヵ国の入場から始まり約1時間で終了しました。

5時30分を過ぎていましたので子供たちは村田さんにお願いして先にホテルに帰し野尻さん、佐藤監督と私で大会委員長の所に出向き、何度かのお願いの結果、今日どうにか借りた和船を借りる事で話しが付き、日本円にすると1日15,000円と高いのですが7日間借りることにし、USドルで支払ました。

ホテルに帰った所フィットネスクラブで汗を流した吉永君と村田君から今度はミーティングを催促されコーチの部屋で今日撮影した写真を見ながら軽いミーティングをしました。
OP女性軍は少し体調が悪いので直ぐに寝かせています。

明日はレース第1日目いよいよです。頑張らせます。楽しんで貰います。
3月17日(遠征3日目)

大会は19日から始まるが11時スタートを考えると6時起床、6時半朝食、7時半ホテル出発が理想なので身体を慣らすために毎日同じ時刻に行動をしている。18日は朝少し雨が降ったようだ。
ハーバーに着いて艇を見ると雨で濡れていて尚砂ぼこりで茶色になっていた。
雨は降らないからオーニングは必要ないよと言った私のミスで余分な水洗いをさせてしまった。
その後も雨が断続的に降り風も強弱(風速10m前後)のある1日だった。

ハーバーには1番乗りだったが出艇は大分遅かった。(反省)
以下カタールに来て初めてのセーリングで気付いた事を子供たちに書いて貰った。

(村田選手)
波がブローに入った所が強かったから最初起こせてても船が止まったりした。
ブローとブローのない所の差が激しいからフルハイクしていたらブローがなくなって海に落ちそうになった。
余り起こせなかったから舵を少し押して風を抜いていたら波に当たって止まった。
風が無かった時は波が無かったが風が上がると波も高くなった。フリーで波の角度にバウをあわせると
すごく早やかった。

(吉永選手)
今日は午前中から波があった。風も強くて、練習を見ると乗りにくかった。
波はうねりがあってその中に複雑な波もあった。乗り方は後ろに体重を掛けハイクアウトし余り上半身を動かさなかった。動かさなくってもスピードはあった。
明日も同じような風だったら上半身を動かしながらハイクアウトをしてみてどちらのハイクアウトの方が良いかを確かめる。

(豊田選手)

沖に行くほど風が強くて波も沖はうねりみたいで大きかった。
風は強くても起こせたけど波が来て起こせなかった。
ランニングは波がかなりあるから身体の位置を前後に動かしながら乗ればスピードが出て良かった。
パンピングも波に合わせてすればかなりスピードが出てパンピングをしない時と差があった。

(山口選手)

波が高くて乗りにくかった。セールの一番トップのがらみが結構緩んだから明日はきつく締める。
急激なブローが多かった。フリーが楽しかった。明日風が強かったらクローズの時シートトリムをする。

昼飯を食べてから
午後再度1時間ほど練習をするが
前線の通過で
一時的に風が吹きそうだったので
練習を切り上げた。
4時のバスでホテルへ帰る。
3月16日(遠征2日目)

今日は子供たちが昨晩食事中に居眠りしてしまうぐらい時差で弱っていた為9時集合とした。
7時半に迎えのバスが来た旨の電話があったがお願いして9時以降に再度来て貰うようにした。
朝食は1階のホテルレストランで食べ待たせたバスに乗ってハーバーへ向かった。
レジストレーションをする為にクラブハウスで順番を待ったが約2時間待たされ時間がもったいないと思いつつ皆で雑談をし楽しむ。
順番が来てチャーター料やエントリー料を払い参加賞とIDカードを貰って次にチャーターボートを受け取る為昼飯も食わずに4艇のOPと2艇の420級のチェック作業をした。
心配した村田母がクラブハウスの軽食を頼んでくれてホットドックを食べる事が出来た。

日本の計測時間は午後2時からだったが前の国の計測が長引き午後3時から始まった。
まず420級が重量計測。2艇直ぐにパス。OP4艇も難なくパスをした。
続いてセール計測に入り、420級2艇のセール計測が長引き、
女子のセールはスタンプを押して貰えない。明日以降再計測をして貰う予定。
OP4艇は無事計測終了でセールフィッティングを国別のテントの中で作り終わった頃既に午後5時近くになり最終バスの発車時間に間に合いホテルに戻った。
一旦解散して部屋で1時間ほどゆっくりした後徒歩で20分ほどのショッピングセンターへ出かけ、両替をしたり、食料品や水を買ったりした。
小さな食べ物屋があったので食事をしたが精算したてみたら今日の夕飯12人分の金額と昨晩泊まっているホテルの夕食の1人分と同じ額なので余りの違いにびっくりした。
夜10時ごろ野尻さんが大量のミネラルウォーターとビールの差し入れをしてくれる為我々の部屋に来てくれた。わざわざ重たい思いをして購入、運んで頂いた野尻さんに感謝で一杯。
山下はレポートとHPの作成と佐藤監督はJSAFへの報告を作る為現在夜中の1時を過ぎているが作業をしている

3月15日(遠征初日

山下の荷物は自分のボストンバック23キロ、食料品、薬、12人全員のユニフォームなど18キロの合計41kg、山口優さんは22kgとセールでそうとう重量をオーバーしたが、根気良く交渉して如何にかオーバーチャージは取られないで済んだ。

長崎のコーチから電話連絡でセールがどうしてもオーバーでチャージを取られるみたいとの連絡で我々の羽田でのやり取りを話して、その結果チャージなしとなり無事チェックインは終了した。山下、山田選手は羽田発ANA、吉永選手と豊田選手は福岡発ANA、村田選手は新幹線でそれぞれ関西空港に集合。指定の飛行機の関係で出発まで1時間の為、カタール航空カウンター前で軽い挨拶をし、チェックイン。夜中11時45分出発の便の為、関西空港の売店等ショップは閉店しており、何も買えずにゲートまで到着したがそこでドリンクの自動販売機を発見して1人1本づつ飲み物を買う。飛行機に乗れば何か出ると思ったがそれほど何か食べた、飲みたかったようだ。搭乗は我々が一番最後のようで、座席も一番後ろの背もたれが倒れない窮屈な場所だった。真夜中の出発だったが、離陸して直ぐ夕食が出てきた。その後直ぐに睡眠を取る。

時間は戻る感じで飛行しいつまでも夜が続く。約9時間飛行して日本時間では朝9時でも外は真っ暗でその中で朝食を取る。12時間半の飛行でカタール空港に着く。一番後ろだったので一番最後に降りるものと安心していたら一番後ろのドアーが開いて1番先に地上に降りた。まだ他の乗客は機内だったので降りて飛行機と選手の写真を撮ろうと思ったら写真撮影はだめと係員に止められた。飛行場内バスで約5〜6分移動。周りはまだ完成されていない飛行場でいたる所で工事をしている。心配していた荷物を全員分受取、駐車場で待っていたトラックに荷物を積み、バスで約20分の宿舎のホテルに移動。ホテルのチェックインで1時間ほど掛かったが無事部屋割りをし、ほっと息をつく。ホテルに着き何もかも不安なのでカタールに滞在する野尻君に電話。直ぐにお抱え運転手つきの高級ベンツで来てくれ、話のすえ大人だけでまずハーバーに行く事にし、ベンツで20分ほど離れたヨットクラブに向かう。ヨットクラブはまだこれも工事中で12月のアジア競技大会までに終了するのかなと思った。すでに韓国、中国、スリランカ、香港、インド等の選手団が到着しており韓国はいつものように我々より1週間ほど早く来ているそうだ。その5カ国、それ以上かも知れないがコンテナで自艇を運んできている為、練習を始めた。我々は明日が公式到着日で受付が終了しないとチャーター艇は受け取れない。OPは灰色の新しいウィナーが30艇ほど、420級もツイゲルマイアー製の新艇が20艇ほど並んでいた。