JPN Team Report

日別 レポート 2006年7月31日
2006年7月26日
IODAのレポート
いつものように9時に出艇した。コーチボートはインドネシアのコーチと同乗しなければならない。
インドネシアは今回2艇だけの参加でコーチはサムシ氏で日本の長堀さんを知っているとの事だ。
今日も私が操縦する事で了解を得、直ぐに上マークへ行き、潮流を調べた。昨日はサイドマークへ
も行って潮流を調べ沖から(つまりサイドマークから上マークへ)の潮流が強い事を確認した。
ただ昨日は8〜10mの風で影響はあるものの、本日のような大番狂わせがあるとは想像しなかった。
本日の第1レース目開始の10分前、西尾のセールがおかしいのに気が付いた。
近寄るとスプリットハリヤードのブライダルの皮の部分が切れ、カムが掛からない状態だった。
言い訳ではないが、今回のチームの1人1人にはピンドル、ガジョン、マストステップ等のねじの
緩みやありとあらゆる事を想定して充分気を付けるよう気をくばっていた。。
が昨日は奈良君のフットベルト用ショックコードに傷みを発見。
ちょっと引いたら切れてしまった(強風でのハイクアウトで擦れて傷んだと思われる不可抗力)。
など起こった。
スタート真近な時の作業は馴れてはいるが時間が掛かり、シートを結んでどうにか10m以上に
風力が上がってもOKだろう補修をした。修理をしている間に下に流され、修理が完了した時には
スタートラインから100m下に流されていた。曳航し始めた時に予告信号が揚がったので曳航を中止した。ゼネリコであることを祈ったが残念ながらこの時に限ってオールクリア。1分遅れのスタートとなった。
約8mの風の中、日本チームは西尾以外良いスタートをし、上マークを4名が10〜20位の間に回航、
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サイドマークへ向った。トップ艇が上とサイドの中間に来た頃、風が急に落ち始め、5m程となった。
5mに落ちると潮流の力の方が強くて前に進まず、後ろに全艇下がり始めた。
風速は変化が大きく通過に約20分程度掛かる。皆、サイドマークへ何十回もタックする。マークタッチする。
10番くらいで上マークを回航した須河内が40番で回航、太田は50番まで落ちて回航。ちなみに55位と56位で上マークを
回航したインドネシアの2選手はサイド30番代で回航し、結果、2人共10番以内でフィニッシュしている。
トップ艇はスタートから80分経ってフィニッシュまで200mまで近づいたがこの潮流ではタイムリミット(90分)と思われた。
ところがその時7mの右にシフトした風が入り、一気にフィニッシュラインに入る事になる。
奈良は200mまでシングルの位置に付けていたが、右に振れ、潮流の少ない陸よりを走っていた数艇に上から
アビームで抜かされ14〜5位でフィニッシュ。西尾も1分遅れのスタートで死んだと思ったが、20位以内で
フィニッシュした。なんと10位で上を回航した須河内が115分(約2時間)のレースでタイムリミットになってしまった。
5〜8m吹いてフィニッシュまで115分掛かるレースは見たことがない。
シンガポールの2艇がどうにかタイムリミットを免れた。

第2レースは、上マークとサイドマークの距離を第1レースの時の3分の1にすると本部船に掲示された。
今回のレースオフィサーは最終艇がスタートラインに戻る前に予告信号を揚げると感じていたので、須河内を
急いで曳航する。案の定スタートラインまで100mまで来た時予告信号が揚がった。急いでもやいロープを放す。
潮流の件は全員に指示し、スタートを見る。須河内、太田が最高のスピードでスタート。全艇の上に出て上マークへ。
4〜500m陸上の方向に入ると先ほどの強い潮流は感じない。(風向と同じ潮である)。

今から明日のチームレースの帆走指示書を翻訳するので
続きは後ほど。
本日までの成績表が発表されました。

ところが翻訳しようと思ったら、帰国した須河内パパが翻訳して下さり、今ファックスを頂きました。
お仕事の合間に翻訳されたと思いますが、本当にありがとうございました。

成績表でDNFが多いのが分かりましたか。

夜8時からアジアミーティングが開催され、各国代表が集まり、協議が行われました。
1.2007年のIODAアジア選手権は、今年アセアン選手権を開催するインドネシアのバリに決定。
2.2008年のIODAアジア選手権は、カタールが立候補しました。